沖縄 建築家とエッセイストの話し方

2021年2月17日に沖縄県立図書館で開かれた講演会「沖縄本ナビ~知るための10冊~」に出席した。講師は、『沖縄島建築 建物と暮らしの記憶と記録』(写真:岡本 尚文、トゥーヴァージンズ)を監修された普久原朝充(ふくはら ときみつ)さんと、那覇で出版社ボーダインクを主催し自らもエッセイ本(『ぼくの〈那覇まち〉放浪記』ほか)を執筆されている新城(しんじょう)和博さんだ。

 

 

 

普久原さんは”建築”、新城さんは”エッセイ”をテーマに、おすすめの本を10冊ずつ紹介してくださった。おのおの40分ほど話されたが、建築家は建築物を構築するように、エッセイスト(新城さん)はエッセイを書くように話されるのだなという発見は愉快だった。

 

建築家の話し方

普久原さんは建築家らしく、現場調査(テーマに添った本の選別)から開始し、構想を図面に落とし込み(10冊の本を解説)、建物をつくり完成させる(それぞれの本の相関図を提示、完成したものをどのように楽しむか)までを、プロジェクターに自身で制作された画像を投影しながら解説してくださった。

 

沖縄の家と暮らしの関わり書いた伊礼智(さとし)『オキナワの家』(復刊ドットコム)、沖縄の人々がどのようにして自然環境に向きあってきたのかを記した木崎甲子郎・目崎茂和編著『琉球の風水土』(築地書館)、また地域の集落をかたちづくる要素の一つに信仰が欠かせなかったことを説いた仲松弥秀『神と村』(伝統と現代社)。

 

人々の暮らしに活かされきた琉球石灰岩の経緯を語る福島駿介『沖縄の石造文化』(沖縄出版)、すでに失われた建築の貴重な写真や資料を収録した昭和12年刊行の改訂版として出版された田邉泰・巌谷不二雄 『琉球建築』(座右宝刊行会)、戦後の守礼門復元工事や文化財保護の重要性を説いた仲座巌編『仲座久雄 その文化財保護活動1936~1962年』。

 

アメリカから流入したコンクリートブロックが沖縄の建築に与えた影響を説いた尾形一郎 ・尾形優『沖縄彫刻都市』(羽鳥書店)、戦後の沖縄の建築について考え続けた建築家金城信吉(きんじょう のぶよし)『沖縄・現空間との対話』(門設計研究所)。

 

沖縄の風土と建築について語る親泊元高(おやどまり げんこう)『念念録』、沖縄のブロック建築についてひもとくOJ会編『大竹康市番外講座 これが沖縄なのだ』(TOTO出版)。以上が普久原さんが選んだ10冊だ。

 

普久原さんは、それぞれの本は「星座を構成する星である」と称されており、10冊の本を関連づけて読むことで一つの星座をつくれると話されていた。本を読むことは、自分の星座をつくること、なのだと。

 

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エッセイストの話し方

新城さんは、那覇の古い地図を手にしながらまち歩きをされている。なぜ古い地図なのか? その地図にどのような意味があるのか? 古い地図のどこが面白いのか? なじみのない者には小さな疑問符が浮かぶ。古い地図に那覇の古いまちを描いたエッセイや画集のイメージが重ねることにより、かつてそこにあったまち並みが浮びあがるのだと話してくださった。

 

戦争までの那覇のまちを記した4冊。東恩納寛惇(ひがしおんな かんじゅん)『憧憬集』(興南社)、船越義彰(ふなこし ぎしょう)『なはわらべ行状記ーわが憧憬集』(沖縄タイムス社)、金城(きんじょう)芳子 『惜春譜』(ニライ社)、『山之口貘(やまのぐち ばく) 沖縄随筆集』(平凡社)。

 

戦後のまちを書いた5冊。牧港篤三(まきみなと とくぞう)『幻想の街・那覇』(新宿書房)、『金城朝永(きんじょう ちょうえい)全集 下巻』(沖縄タイムス社)※以下3冊も同社発行、『比嘉春潮(ひが しゅんちょう)全集 第四巻 評伝・自伝篇』(沖縄タイムス社)、『仲原善忠(なかはら ぜんちゅう)選集 下巻』、大城立裕(おおしろ    たつひろ)『緑の風景 わたしの挿話たち100』。

 

琉球語の奥深さについて語る仲曽根政善(なかそね せいぜん)『琉球語の美しさ』(ロマン書房)。以上が新城さんが選んだ10冊だ。

 

那覇のまちは、戦前と戦後でその様子を大きく変える。市場や商店、赤瓦ぶきの家々、港、軽便鉄道、濃い緑色の植物たちは、戦争の空襲と地上戦によって燃え殻になった。残ったのは、爆発音が鳴り響いた後の焦土から立ちのぼる煙。

 

「失われてしまった」と称されることが多い風景。新城さんは、エッセイを読み込み、画集を眺め、地図を開き、まちを歩くほどに、その場所が”わかる”ようになったという。

 

今では、”その場所”に立ち、エッセイを”声に出して”読みながら味わうのだとか。声に出してまで読むことに驚いたが、その”声”は、ファンタージェン(=幻想世界)の入り口にあるヒンプン(境界線)をふわりと通過するための呪文なのだろう。

 

「エッセイは、読者への啓蒙はあるけど前面には出さない。結論はなくていいし、だらっと書いていいし、脇道にそれてもいい。立ち止まりながら、なぜそう思ったのかも書いていい」と、エッセイのような語り口で話してくださった。

 

新城さんには戦前のまちの様子が”視える”のだろう。ファンタージェンの中に今も生き続ける那覇のまち。なんとしても行ってみたい場所だ。

 

※ヒンプン(屏風)=沖縄の伝統的な住宅の入り口にある魔除けの壁

 

建築家とエッセイストの話を聞いて

普久原さん。本が好きで多すぎて、所有の形態に悩んだことから「自炊(紙の本をばらしてスキャンしデジタルデータ化すること)」していると話されていた。「自炊」という単語が思わぬところで登場したことに親近感を持った。

※自炊を自分で行い楽しむことは、著作権法で「私的使用のための複製」として認められている。

 

新城さん。「まち歩きってうっとりしますよ~」「すごく楽しいものですよ~」とおっしゃりたいのだと伝わってきた。コンクリート建築よりも赤瓦家が貴重であるという価値観がある。けれども新城さんは、今目の前にある那覇のまちをもゆったり肯定されているようにみえた。「だって、目の前にかつてのまちもあるじゃない」と言わんばかりに。

 

 

※書名・著者名・出版社などは、当日会場でいただいた沖縄タイムスの記事コピーを参考にしています。