▶香港のデモはなぜ起こったのか?

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2021年8月25日 デニス・ホーとチェンマイの月 - 沖縄 あまはじのじかん の補足記事です。

▶香港のデモはなぜ起こったのか?

香港はアヘン戦争(1840~1842年)後150年間もの間イギリスの統治下にあった。1997年中国に返還されるが、このときに「一国二制度を50年間続ける」という条件がもうけられる。この50年は、資本主義から社会主義へとゆるやかに転換していくための期間として設定された。

 一国二制度により香港は中国に属しながらも特別行政区として認められ、高度な自治が与えられる約束だった。けれども次第に表現の自由や民主主義が損なわれかねない空気が流れはじめる。

2012年、愛国教育が小中学校で必修化。洗脳教育など受け入れられないとデモが勃発。社会活動家の黄之鋒(ジョシュア・ウォン)ら高校生がハンガーストライキで抗議した結果、愛国教育の必修化は撤回。

その後2014年に、香港のトップである行政長官を市民が選べるようにしてほしいとの要求を掲げ「雨傘運動」を展開。ジョシュアや周庭(アグネス・チョウ)が先導をとりながら運動は進む。けれども、3ヶ月におよぶ道路占拠しながらのレジスタンスは香港警察により強制排除されてしまう。
※雨傘運動のネーミングは、香港警察が放つ催涙弾などを雨傘で防御したことが由来。

中国共産党に批判的的な人間が拘束されたり政治的な背景を理由に選挙への立候補が認められなかったりの抑圧が続き、2019年には香港政府が「容疑者引き渡し条例」の改正案を議会に提出するという騒ぎが起こる。

この条例が通ると中国に批判的な活動をすると拘束され中国に引き渡される、つまり、発言や思想の自由がうばわれることになると再びデモが勃発。条例は撤回されるも、約1年後、反政府的な動きを取り締まるための「香港国家安全維持法」が成立・施行されてしまう。中国からのさまざまな監視体制は今も続いている。

 

 

 

▼2021年12月29日

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— Obara, H. (@kochoshobo) 2021年12月29日

 

▼2021年12月30日