白色テロ✕台湾映画「返校 言葉が消えた日」

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台湾映画「返校 言葉が消えた日」

台湾映画「 返校(へんこう)言葉が消えた日」を那覇市桜坂劇場で観た。

この映画の骨子となったのは、2017年台湾で制作発表されたゲーム「返校 Detention」(返校=夏休みの登校日、Detention=勾留)だ。


映画「返校 言葉が消えた日」は、2019年に台湾で公開。台湾現地では、ホラー映画ファンのほか、台湾史のダークサイドをモチーフにした映画、独裁政権下での苦しみと哀しみを描いた映画として多くの人に受け入れられ、映画の公開後3日間の興行収入6,770万台湾元(約2億3,500万円)を記録した。

舞台は戒厳下の1962年。呪いがかけられた学校に閉じ込められた少女ファン・レイシンと少年ウェイ・ジョンティンは、軍服や警官姿の亡霊たちから逃げまどいながら突然消えてしまった同級生と先生を探し続ける。同級生たちと先生は発禁本の読書会の仲間だったが、ある者の密告によりすでに処刑を受けていた。その密告者の存在が少しずつあきらかになり……、というストーリー。


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この映画で全体をつらぬくミステリー・ホラーの軸となるのが「白色(はくしょく)テロ」、台湾華語(中国語)で「白色恐怖」と呼ばれる史実だ。「白色テロ」を知っておくと、この映画への理解が増すかもしれない。

白色テロ時代とは?
国民党政府による1949年から1987年の38年間続いた戒厳下、思想や言論などすべての自由を奪われた時代があった。反政府の意識を持ったり発禁となった本を読んだりするだけでも逮捕され死刑になりかねなかったのが白色テロ時代。


戒厳(かいげん)とは?
軍隊が規律の基本となり市民の権利が全面的に奪われること。戒厳下では、個人の思想や言論の自由は一切認められない。

特定の国家・地域における行政権・司法権を軍隊の管理下に置き、法律の一部を強権的に失効させる事。より平易に表現すれば、軍隊が「法律よりも我々の命令に従え。従わなければ射殺する」と宣言する事である。Weblio辞書より


参考:「戒厳令」は、戒厳について規定した法令のことを意味する。


白色テロ時代の台湾
国民同士に相互監視と密告を強制。国民党政権に反対する者、またその芽を持つ者は徹底的に目をつけられ弾圧。理不尽な投獄、拷問、処刑が繰り返される日々が日常となった。日本の高等教育を受けた知識階層、芸術家なども弾圧の対象となったため多くの知識人や創作者の命がうばわれた。

「国家に逆らうものは死刑に処す」

「国に殺される!」

-映画「返校 言葉が消えた日」より


戒厳下では約140,000名が投獄、3,000~4,000名が処刑されたともいわれている。

ゲーム「返校 Detention」

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歴史のダークサイドを追体験できるゲーム
ゲーム「返校 Detention」は、上記のような白色テロ時代の恐怖政治を追体験できるゲームとして制作された。注目すべきは、製作者側がプレイヤーたちに白色テロの為政者(いせいしゃ)の立場、つまり人を支配・制圧する立場に立たせなかったことだろう。※為政者=政治をおこなう者

ゲーム「返校 Detention」でプレイヤーが味わうのは、白色テロ時代の恐怖とその過程でおきる喪失と哀しみだゲームをクリアしながら、プレイヤーたちは、圧政になぶり殺されるしかなかった人たちがいたことを実感することになる。


映画「返校 言葉が消えた日」

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映画「返校 言葉が消えた日」は、史実をミステリーに仕立てたゲームを自らも楽しんだ徐漢強(ジョン・スー)監督がオファーを受け劇場映画として昇華させた作品だ。

ゲームを映画にする過程で重要視されたのは、ゲームをプレイする中で生まれてきた”感情”を繊細に再現することだったという。映画製作が困難をきわめたとき、ゲームのラストシーンに監督自らも助けられたというエピソードは印象的だ。


「僕らは自由が手に入れられなかったが、生きていれば可能だ。誰かが生き続けすべてを覚えていてくれればいい」


「自己的国家自己救(自分たちの国家は自分たちで救う)」は、2014年3月に台湾でおこったひまわり学生運動(太陽花學運)で繰り返し確認されたことばだ。自分たちの民主主義=自由は自分たちが作るという台湾人たちの確固たる意識。今手の中にある自由を自分たちは守らなければならない。台湾は、これからもその自由を手放すことはないだろう。

致自由(=自由へ)

-映画「返校 言葉が消えた日」より


「返校」は、自分たちの歴史を冷酷なまでにみつめ続け、政治の場でもまっとうに”成熟”を重ねてきた台湾だからこそ生み出せた傑作。台湾史を実写でつづりながら暴政の事実をごまかすことなくストレートに見せたことが、台湾人たちの心をつかんだ理由なのかもしれない。

映画のラストシーンで語られるセリフ。画面上では、ファン・レイシンに向けて語られるが、台湾史の中で理不尽に命を奪われた人すべてに向けられたことばなのだと思う。

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筆者のメモ1:台湾で大ヒットしたゲーム版の「返校」のことは知っていた。けれどもゲームに興味がない筆者。今回の映画バージョンについても強い興味はなかったし、白色テロ、ホラー、ミステリーの作品だということも知らずに、台湾映画だから観ておこうかなと軽い気持ちで観た。

(筆者と同じくゲーム由来の映画ということで観賞を見送る人がいたとしたら……それは非常にもったいない)

結果、濃い場面に「うわ」と目をつぶりながらチケットを購入したことを後悔。何度も「退場しよう。退場したほうがいいに違いない」と思いめぐらした。(2回目の観賞からは、「途中退場なんてありえない」に変化した)それでも退場せずに最後まで観賞し続けたことで、この映画が伝えようとしていた切実な問いがじんわりと浮かびあがってきた。


「君は生きるんだ。生き続けてくれ」

「生きてさえいれば、希望はある」


「請平凡而自由地生活吧?(きみは平凡で自由に生きてくれないか?)」

 

登場人物たちのせりふとして語られることばに、時代に殺され生きることができなかった者たちの想いが込められているようだった。


メモ2:主人公の少女が住む家は、日本の植民地だった時代に建造されたと思われる日本家屋。光に透けるカーテンや室内のインテリアが非常にノスタルジック。ほかにも見どころ(絵として秀逸な場面や少女の孤独、恋心など)も多く、ホラーやミステリーが苦手という人にも楽しめる映画。宝石のようにうつくしいラストシーンに胸がうずく。

 

メモ3:ホラーとしての設定場面が多い映画ながら、実写のうつくしさと映像・セットの完璧なまでの作り込みなど、現在の台湾映画人たちの成熟した熱量や技量、史実の表現法の多様性と自由さ、また政治への真摯な姿勢を感じさせられる映画。今後台湾映画史に残っていく名作だと思う。筆者は、2006年公開の「盛夏光年(花蓮の夏)」を観たときの衝撃を思い出した。

鑑賞後、日本からは(沖縄からも)今後100年たってもこのような映画は出てこないだろうなあと思わせられた。史実に向き合うという視点からみてもまだ地表にすら達していないと感じるのだ。これはとても残念なことだけれど。



※ここでは紹介していませんが、ドラマ版「返校」も公開されています。