日本に暮らす夫婦と子どもふたりのミャンマー人家族。「難民」の申請を続けているがなかなか受理されない。「いつまでも安心できないし、いつも怯えてる」そんな生活がつらくて母親と子どもたちは父親を残してミャンマーへ帰国するが……。
ミャンマー人なんだけれど、家族の会話は日本語。日本で育ったこどもたちは日本語のほうが得意で日本の生活環境が好き。それでも難民として認められなくて、日本では安心して暮らすことができない。宙ぶらりんのまま日本とミャンマーの間でゆれる家族の物語。
上映が始まって数十秒。「あ、これ予告編じゃないんだ。本編、開始してる?」。こうしてさりげなく始まった「僕の帰る場所」。
藤元監督の名前を知ったのが今年に入ってからなので、知っていたのは日本に住むミャンマー人家族の映画だということのみ。「海辺の彼女たち」同様、「あれ、これってドキュメンタリー? いや、フィクション? とまたもやどちらとも決められずに観賞し続けた。(途中でどちらでもよくなった)」。
(実際は、日本に暮らすミャンマー人家族の実話をもとにしたフィクション。ただし、当初はご本人たちを登場人物として映画を撮ろうとされていたとか。その影響もあるのか限りなくドキュメンタリーに近いドラマとして成立していました)
全編を通してせりふが少なくモノローグや説明書きが入らない構成。あいまいな境界線上にいる人たちを描いているせいもあるのだろうけれど、このわからなさを説明なしで差し出せるのは藤元監督の特性ではないかな。(日本の観客を考慮すると説明を入れたくなるだろうなと)
かばんやスーツケース、リュックに荷物を詰める場面が次の暮しへの象徴として使われていたり、登場人物を市中にさまよわせてその心情を伝えたりする場面が心に残る。日本とミャンマーをつなぐモチーフとして歯みがきの場面がたびたび写し出されたのも印象的だった。
自然光のみでの撮影らしく、ときどき画面が真っ暗になるのもいい。映画でのわざと作られた暗い場面といえば、岩井俊二の「リップヴァンウィンクルの花嫁」の座敷の場面が浮かぶのだけれど。ただ撮ってたらこうなった、という必然においてその演出など軽く超えてしまっているのが何気にすごい。(もちろん無意識でしょうし競ってもいないことはわかっています)
ミャンマーに帰ったこどもがなじめない生活の中、祖母に対して「うぜえババア」と小さくつぶやく場面、ミャンマーの街中で地元の人に自分のことを「日本人なんだ」って説明するせりふなども強く印象に残った。
次回作を観たい監督のひとりです。
メモ:今回は、ミャンマーへのチャリティ上映として開催だったのだとか。桜坂劇場が補助席ありの1/2対策ながらも満席になったのを初めて見ました。ふだんの桜坂劇場は20人以上入っていたら「今日は多いな」、30人以上なら「今日はすごい多いな」と思うほどなので。(観客2人とか3人の日もあります)
2月に起こったミャンマー国軍によるクーデター以降、市民への弾圧が続くミャンマーへの支援として全国各地の映画館を通してチャリティ上映を行います。
上映による配給収益及び設置した募金箱への協力金は、本作の製作・配給会社であるE.x.Nよりミャンマー市民を支援する活動に全額寄付いたします。
桜坂劇場の玄関で、在沖ミャンマー人会の主催によるミャンマーの写真展とグッズ販売もありました。栄町には「ロイヤルミャンマーレストラン」 というミャンマー料理のお店があります。こちらでランチをいただくと、1,000円のうち200円がミャンマーの支援に使われます。
今後も映画館でのチャリティ上映は継続されるとのことなので、身近で観られる機会があったときはぜひ!!
メモ:写真展を見ながら沖縄在住のミャンマー人の方と話しました。メッセンジャーなどを使って家族との連絡はとれている。先々週だったか内戦が始まったという知らせがあったけれど、それですぐに状況が大きく変化するということはないと。今後についてはもちろんわからないです。
感染症の心配もあり、「感染症で死ぬか軍に殺されて死ぬかどっちになるかわからない」とむこうにいる家族が話していたとのことでした。
▼在沖縄ミャンマー人会主催の写真展に行ったときの話。amahaji.hatenablog.com
▼「海辺の彼女たち」を観賞したときの話。
【2024年追記】藤元監督は、現在新作を制作中とのこと。とても楽しみです。