あまはじノート

ガマフヤーのハンスト・沖縄戦・台湾ひまわり学生運動

慰霊の日とか沖縄戦とか

沖縄島をはじめて旅したとき。読谷村(よみたんそん)在住の人と知り合いになった。その人の祖父は、沖縄戦当時シムクガマに避難していたのだという。そう、シムクガマとチビチリガマは、同じ村内にありながらも生と死を分ける世界の入り口となってしまった場所だ。

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1945年4月1日朝、米軍は沖縄本島の西側にある読谷村渡具知(とぐち)海岸から北谷(ちゃたん)海岸一帯から上陸。地元住民はガマ(壕)の中に避難していたが、当時の徹底した臣民教育を受けた人たちは、米軍が来たら「男性は殺されるし女性は強姦される」「米軍の捕虜になるぐらいなら自決を選べ」と教え込まれていた。

その結果、チビチリガマでは住民たちが集団で自決することを選択せざるをえず、82名(85名とも)が亡くなった。一方、シムクガマでは自決を思いとどまらせた人がおり約1,000名が自決することなく投降を選択した。

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知り合いはシムクガマとチビチリガマのことを話しながら、「だから、今自分が生きているわけ」と。

聞くと知り合いは、「焼き捨てられた日の丸」(発行 新泉社)の著者知花昌一さんと同じ町内で、子どものころからかわいがってもらった仲だという。ある作家(下嶋 哲朗)が書いた本を通じてチビチリガマに興味を持っていた筆者は、知花さんにチビチリガマを案内してもらえないかとお願いした。


ほとんど触らない状態にしているというガマの中には、湯のみ茶碗や入れ歯など、生活に使う道具が欠け落ちた断片となって散らばっていた。亡くなった人の遺骨も多数あったと思うが今となっては記憶があいまいだ。


ただ、まだそこかしこに、息をつめた人たちがひそんでいるような、強力な抑圧と重苦しさがあったことをはっきり覚えている。(余談になるが、かつてガマの中で起きた苦しみを追体験しているかのように、その日は一晩中寝ながらうなされ続けた)


筆者と沖縄戦のかかわりは、そこまでだった。

その後、八重山で暮らすことになるが、毎年6月23日の昼に鳴りひびくサイレンを聞いても「ここ(離島)でも鳴るんだ」と遠い世界のことのように受け止めるだけだった。

今となってはのどかで幼稚な認識だったと思う。そしてこの場所(Japan)に住む多くの人は、かつての筆者と同じように「慰霊の日」や「沖縄戦」(その他の史実も)を、遠い世界の過去であるかのように、自分にはかかわりのない”形式”として受け止めているようにみえる。自分にはかかわりのない他人事(ひとごと)にしているのだ。

観光で沖縄に来てゆいレールの駅に掲示されている地図を見ても米軍基地があることは見えないし、ひめゆりの塔は定番の”観光地”のひとつとしてガイドブックに紹介されるだけ。観光目線で見た沖縄からは、戦争の血のにおいはしてこない。

人間の体が爆弾でふっとんで皮膚と内臓から血が吹き出したこと、ガマの中の陸軍病院で麻酔なしで兵士の足をのこぎりで切ったこと、無用と判断された者は青酸カリを飲まされて死んだたこと、もうダメだと思った人たちが震えながら崖から飛び降りたこと。

自分自身の反省もこめて思うが、この場所(Okinawa)の人たちが「沖縄戦や沖縄の米軍基地のことを知ってほしい」などと発言しなければいけないのだろう。「沖縄の」ことだから遠い、とされているのだろう。史実として、あたりまえに知っておいてほしいことだしあたりまえに語ってほしいことなのだが。(ほかの戦争や史実についても同様)

また、個人で興味を持つ以外に、「えっ、そういうことだったの!?」とナチュラルに史実を認識できる機会が必要だとも思う。思うが、映画やドラマ、ニュース、報道。どれを見てもその機会を作れているものがないし、観客を魅了する番組や作品も見当たらない。また、あらゆるできごとが政治や選挙と結びつき、自分たちの生活に直結していることは、可能な限りあいまいにしておくスタイルが貫かれている。

日本には、史実に通じる通路がない。道がないから振り返れないし、知らんぷりして去る人が続くのだ。そして必要なのは、「平和教育」じゃなく「戦争教育」だろう。”平和”についてふんわり考えるんじゃなく”戦争”についてがっつり考えることが必要なのだ。知ることは正直ツラく、息が詰まりそうになることもあるが、歴史はいつでもふんわりとした手触りをしていない。

1960年代の白色テロという史実を描いた台湾の映画「返校(へんこう)」のように、エンタメとして楽しみながらも、強力に史実のこわさを伝え視聴者に自分が立つ地点をいやでも振り返らせる。エンタメ作品としての完成度も高く多くの人を魅了する。そんな”作品”が必要だとも思う。

(この映画の感想として台湾人の高校生が「映画を観た後、この歴史は教科書の上のことじゃなくなった」「選挙に早く参加したい」「政治のことをもっと考える」と書いていた。「返校」は、ホラーゲームを映画化したエンタメ作品である。エンタメの感想として選挙や政治が登場するのだ。感想を読むかぎり、自国の負の歴史を振り返らせるという点において、また史実と政治が結びついていると認識させることに成功していると感じた)

フェンスの中の蝶は自由に空を飛べない

ただ、この場所(Japan)が自覚することはもうむずかしいのではないかと思うことも多い。日々生き続けることのハードルが高く、過去の歴史まで自分の視野に入れる余裕なんてないように見えるからだ。

このままなにも変えず変わらずに。見えない命令に従ってこのままぼんやりと歩むことになるのだろうか。

 

慰霊の日とか沖縄戦とか。
どこに続いていくんだろう。
どこに続けていけばいいんだろう。
だんだんむずかしくなっている気がする。

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「IREI」
作詞:RITTO
作曲:HI-C
映像:奥間勝也
撮影場所:平和祈念公園