書籍「ぼくが遺骨を掘る人『ガマフヤー』になったわけ。サトウキビの島は戦場だった」

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この本の著者具志堅隆松(ぐしけんたかまつ)さんは、太平洋戦争末期の沖縄戦(1945年3月末からはじまった約半年にわたる沖縄での地上戦。攻めてきたのはアメリカ軍)で亡くなり、その場所に放置され埋もれてしまった遺骨を収集して約40年になる人だ。ちなみに、「ガマフヤー」は、沖縄のことばで「ガマ(壕)を掘る人」の意味。

筆者の感想を書く。

ガマフヤーって不思議なひびき
沖縄の図書館で背表紙を目にしたとき、”ガマフヤー”の文字にひきつけられた。不思議なひびきだなと思った。

いいタイトルだなと思った
遺骨を掘るってなんのこと!? ガマフヤーってどんな意味? という疑問がすぐに浮かぶし、沖縄を「サトウキビの島」と表現することで、風にゆれるサトウキビとその場所で暮らす人たちのことを想像できる。そしてサトウキビの島では戦争があったのだなとわかる。

おもろまちは戦場だった
えっ、サンエー那覇メインプレイスの周辺は戦場だったんだ! (知らなかった)

沖縄にはまだ遺骨がたくさんある!
いちばん驚いたのがこれだ。ええっ! なに! 今でもたくさんの遺骨が残っている(特に沖縄南部)って? しかも沖縄でアメリカ兵の遺骨がみつかったことはないって? なんでだよ!? ※理由:アメリカ兵の遺骨はきちんと収集されているから

(意味がわからない)

沖縄で遺骨を収集している人がいる!
ええっ! 沖縄でその遺骨を収集し続けている人がいる? しかも40年!? (どんな変人……)

遺骨と同じポーズをとる具志堅隆松氏
この人、背を丸めたまま蛸壺壕(たこつぼごう)で死んだ人(遺骨)と同じポーズをとって写真を撮っている? (目が点……)

榴弾(しゅりゅうだん)をあつかうために必要な資格をとった
遺骨と一緒に見つかることが多い手榴弾をあつかうために必要な資格を(たしか3つ)とっている。(そこまでやる?)

はじめて知るガマフヤーの話は、いろいろ驚きの連続だった。この人は、もともと持っている基準値が大きく違うんだなと思った。またボランティアとして遺骨収集を続けることに意味があるのだろうなとも感じた。

読み進める中で。戦争で亡くなった人の骨が返ってこないことはよくあることでそれが標準という自分の中にある思い込みにも気づいた。(ドラマや映画のシーンで)石ころだけが入った骨壺を抱いて泣く遺族=戦争ではしかたがないこと、という刷り込みがあったのだ。

あれってじつはおかしなことだったんじゃ?

日本軍兵士は戦争で死んだ場合、(しかたなく遺骨を持ち帰れなかったのだと理解していたが)、日本軍に捨てられてそのまま放置されただけだったんだ!!

一方、アメリカ兵の遺骨はすべて収集されているし、アメリカ軍は現在も行方不明者の遺骨を探し続けているという。この大差はなんだ?

わざわざ人がたくさん死んだ話を知りたくはない。それはそれでかまわないが、知らないとままだとこのような為政者(いせいしゃ=政権を握っている人や政をおこなう人)のしわざに気付けないのだと思う。

具志堅さん(2021年)

全編を通してフリガナがふられたこの本。おそらく大人よりも子どもに、戦争ってこんなこと、沖縄戦てこんなことだったよ、誰かの特権で戦争がはじまるってこんなことだよと知らせたかったのだろうと想像する。

「なんでこんなこと(自分で死んだり仲間や家族と一緒に死んだり。自分が所属する軍隊に殺されたり)になってしまったかな」と、首をかしげながら遺骨を収集する具志堅さんの「なんでかなあ。なんでかなあ。不思議でならないんですよ」というつぶやきが聞こえてくる。

沖縄戦の本はたくさん出版されているが、全体がつかみにくく難解なものも多い。この本は、遺骨収集という一面から沖縄戦をわかりやすく伝えている書籍だと思う。学校や地域の図書館に置かれてほしい本。リクエストしてみてほしい本。
※時計のエピソードは必読です。


沖縄県立図書館や牧志駅前ほしぞら館、石垣市立図書館ほか、沖縄の図書館には多く所蔵されています。沖縄県立図書館は、ゆいレール旭橋駅のすぐ近くだしフリーwifiも飛んでいて快適。観光の合間に読むのもいいと思う。ていうか読んでね。

まとめて探す - ぼくが遺骨を掘る人「ガマフヤー」になったわけ。: サトウキビの島は戦場だった | カーリル

補足:沖縄で遺骨収集にたずさわる人は具志堅さん以外にもおられます。今も遺骨は見つかり続けています。