あまはじクロニクル

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”かなわなかった夢” 書籍「隔離 故郷を追われたハンセン病者たち」徳永 進

 

「隔離 故郷を追われたハンセン病者たち」徳永 進(岩波現代文庫

「隔離 故郷を追われたハンセン病者たち」は、療養所に入所していた鳥取県出身のハンセン病者たちからの聞き取りをまとめた本。

※著者の徳永進氏は、鳥取出身、在住の70代医師。聞き取りがおこなわれたのは、著者が20代のころ。本の中では、「ハンセン病」ではなく従来の「らい」という呼称を使用。これは「らい」という呼び名が多くの患者を隔離させたのではないかという考えから。よって、この記事でも同様にする。

※「らい」という呼称は差別的であるとして、1996年「らい予防法」廃止時に「ハンセン病」とあらためられた。※一時的に「ハンセン氏病」と呼ばれてもいた。

 

らい病はらい菌が原因でおこる病(やまい)。治療薬ができ完治が可能になるまでは、末梢神経の麻痺や身体の一部の変形、眉毛や頭髪を失う、失明するなどの後遺症を得る人も多かった。

当初から、らいは伝染する病気という認識が強く、らい病者は身近にいる人から差別され忌み嫌われた。その一方で、家族間での感染も多いことから「遺伝性だから家族にいなければそう心配することはない」という風潮もあった。

 

けれども、1931年の「癩(らい)予防法(のちに「らい予防法」に名称変更)」成立とともに空気が変わる。”らいは伝染するおそろしい疾患である”とおおやけに認定。”すべてのらい病者は療養所に隔離すべき”と決定されたからだ。

癩予防法にともない「無癩県運動(=むらいけうんどう。自分たちの住む都道府県かららい病患者をなくす運動)」が開始。地域の衛生局や警察がらい病者を探し出し療養所に送り込むようになった。

この本に登場する人の多くも、「1~2年で帰れるから」と半ばだまされ、子どもや家族から引き離され療養所に”収容”されていった。そして、療養所から出ることなく生きた。

 

ひとつの法律が、”収容されたまま一生を過ごす必要のなかった”人たちを、塀の中に閉じ込めたのだ。(注:納得のうえ自ら入所した人もいます)

突然衛生局や警察がやってきて、近隣住民たちの前で身体検査される様子を想像してほしい。らい病者が歩いたあとの道にモクモクとまかれる消毒剤を、家族に「おまえはうちのトイレを使うな」と宣告される心情(生理現象すら許されない全否定)を想像してほしい。

6歳の子どもをおいて、人目を避けるため夜中に療養所に向かう母親の姿を想像してほしい。子どもをできなくする手術(断種)を受けることが、結婚の条件になる世界(”おまえ達の子孫は残すな”という全否定)を想像してほしい。


隔離絶滅政策が続く中、1946年にらいの薬プロミン」が広く導入され治療法が確率。らいは、治癒する病となった。

 

しかしその後も、無癩県運動は1960代まで、患者を隔離するための「らい予防法(1953年に癩予防法を改定)」は1996年まで続いてしまう

日本の法律によりその存在を隠され消されようとしてきた人は、その理由がなくなった後も数十年にわたり無視され続けたのだ。(2001年に患者隔離政策は違憲とする熊本地裁での判決は出たが、”遅すぎ”でしょう)


「あれは、収容だったし強制だった」とか、「殴る蹴る。ひどかったね。人間扱いじゃなかった」。「友達の奥さんが園内で自殺した」など。現代であれば著者自身が忖度または世間の風潮に配慮してしまいかねないらい病者の声を、ただ聞いて解釈なく記録したこの本。

全編を通して読むと、らい病者の人たちにもいくらか平穏な暮らしがあったようにも見える。けれどもそれは、外にいる者たちが押し付けた限定的な条件の中から選び取った平穏だ。

選択肢をうばわれた長い長い嘆きの果てに、見つけるしかなかった平穏なのだ。無数の不穏の中にごくたまにきらめく小さな光をつかみとりながら、必死で獲得してきた”厳しい”平穏なのだ。


この本を読むと、”記録”という仕事の意味を思う。隔離を経験したらい病者たちは、やがてこの世界からいなくなるでしょう。けれども、この本はこれからの”時(とき)”の中にも存在し続け、らい病者たちの声を届けてくれる。

www.iwanami.co.jp

 

※植民地下の朝鮮から日本にやって来てらいに感染し、療養所に入った朝鮮の人からの聞き取りもあります。

※著者は現在、鳥取県で「野の花診療所」という内科とホスピスケアをおこなう施設を開設されています。著書多数。気軽に読めるエッセイのほか、ターミナルケア(終末期医療)に関する本も多いです。

※下記記事もあわせてどうぞ。(有料のため文字数限定ですが、無料部分だけでも現況がわかります。2021年の記事)

www.asahi.com

筆者の余談
著者とあるジャーナリストの対談を読んで、この本に興味を持った。

「患者を患者様と呼んだことから医療はまちがった方にいったね(大意)」とか、これからの展望を語るジャーナリストに向かって「へー、ほんとにそんなことできるの?(大意)」などと答える著者。このような発言をしていても毒気はなくて。面白いお医者さんだなと思った。

ほかの著作を読むと、やはり「先生、もう死んだほうがましです」などと言う患者さんの声をそのまま書いているし、地元でユージン・スミスの写真展を開催したりネパールを旅したりの話もあって、やっぱり面白いお医者さんだなと思った。

余談の余談
一度目の通読のとき、涙があふれ続けてとまらないという現象が筆者に起こった。あれは何だったのかなと今でも思う。

(きれいにまとめれば)らい病者たちの流した涙が、筆者の身体をとおしてあふれ出てきたのかもしれないと思う。らい病者たちの涙は、泣きすぎてしょっぱさすらも抜けてしまった純水のような涙だったのではないかな。

▼この曲を、多くのらい病者のかなわなかった夢と哀しみに捧げます。
アルバム「Hope in a Darkened Heart」Virginia Astley(ヴァージニア アストレイ)の収録曲。

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