あまはじノート

amahaji note

【絵本】『父さんはどうしてヒトラーに投票したの?』

フランス生まれの作者が制作したナチスについての絵本。(2019年に出版)

静かに進む物語を通して、ナチスの総選挙での勝利、その後の独裁政権ユダヤ人大虐殺、障がい者の隔離と絶滅計画、侵略戦争、そしてナチス政権の崩壊までを描く。

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登場人物は、ドイツのある町で暮らす夫婦と5歳の兄、そして障がいを持って生まれた妹。

 

5歳の兄の目線で描かれる物語は、1933年3月5日におこなわれたドイツ総選挙の話題からはじまる。

ドイツ総選挙
父親は、ナチ党をひきいるヒトラーに魂をうばわれている。ヒトラーが当選すれば、景気がよくなるし、仕事も与えてくれる。ヒトラーだけがドイツを救える人物だ、と心酔。

母親は、自分の考えで投票する。でも、あなた(父親)に自分の考えは押し付けない、という態度。

ナチスを支持する父親、支持しない母親の対比と、相手の選択には踏み込まないという意志の表明。このあたりの描写は、家庭内民主という感じがする。

投票所で
家族で投票所に出かける。母親は5歳の息子に言う。

「この国の大人は男も女もみんな、同じ日に投票するのよ。こうやって、私たち国民は、これから数年間、国の大事な法律を決める国会議員を選ぶの」

『父さんはどうしてヒトラーに投票したの?』p.5より

選挙と投票の場面を見せることで、投票という行為が政治と自分たちの暮らしに関係があると教えている。

物語を読み進めると、投票が戦争に強い関係があることもわかっていくというしかけ。

選挙の結果、ヒトラーが率いるナチ党は勝利。町にカギ十字のフラッグがはためき、商店のショーウインドウにヒトラーの胸像が飾られる。町が国がナチスに染められていく……。

絵本の前にいる読者に”なにを伝えるべきか”をよく考えて作られた絵本。

【メモ】
『父さんはどうしてヒトラーに投票したの?』というタイトルがいい。

ヒトラーに投票したから、本が燃やされ、ダビデの黄色い星がユダヤ人を意味する目印として使われ、自転車や電話、タイプライター、楽器の所持が禁止され、ユダヤ人が差別・迫害・殺戮され、障がい者が差別されたんだよ。

ヒトラーに投票したから、父さんも戦争に行かなければいけなかった。ヒトラーに投票したから、うちの妹も「劣った人々」として絶滅計画の対象になったよね。ヒトラーに投票したから、たくさんの人が殺され町のすべてが壊されたよね。

父親を問い詰める描写ではないけれど、あのとき父さんが”ヒトラーが救ってくれる”と思いこんで投票したことがはじまりだったよね? こう問いかけることで、さまざまなできごとをくっきり浮かび上がらせる。

ナチスの所業を伝えるという体をとりながら、戦争と政治の結びつきを教えている絵本。成熟した民主社会から生まれた作品だと思う。