『原爆の図』や『沖縄戦の図』(どちらも丸木 位里との共作)で知られる丸木 俊(まるきとし)さんが制作した小学1・2年生から読める絵本。
筆者が『ひろしまのピカ』を読んだのは、2023年の2月。『はだしのゲン』が話題になったとき、ある人が広島の平和教育に使われている本として紹介していたから。
※『はだしのゲン』が話題=広島市の小学3年生の平和教育の副読本から『はだしのゲン』のページが削除されると発表があったできごと
※『原爆の図』の原画は、丸木美術館に所蔵(第15部〈ながさき〉のみ長崎原爆資料館に所蔵)。『沖縄戦の図』は、沖縄県の佐喜眞(さきま)美術館に所蔵されています
1945年8月6日の朝、主人公のみいちゃんとお母さん、お父さんは、朝ごはんを食べていた。そこに原爆が落ちて3人は吹っ飛ばされる。
飛ばされてお父さんのからだに穴があいて、それでも3人は川に逃げた。赤い炎と黒い人、羽が焦げて飛べなくなったつばめ、死んだ赤ん坊にお乳がやれないと泣く母親。
みいちゃんは、原爆のショックで手から離れなくなったあるものを握ったままだった。
夜がきて油のような黒い雨が降っても、まだ燃え続ける電柱や電線。重なるように倒れる黒い人たち。
みいちゃんが握ったままのあるものにようやくお母さんがきづいて。「はなしんさい」とほどいてくれたのは、原爆から4日もたったときだった……。
最後のページ。
川に浮かぶ無数の灯ろうが描かれているのですが、ぽお~とゆらめくろうそくの明かりがなんともやさしいのです。美しく光っているのです。
小さな灯ろうは子どもを、大きな灯ろうは大人をあらわしているのかな?
「あかちゃん」「はるおくん」「おかあちゃん」「おとうちゃん」と書かれているものもあります。
このページは、この世界の傷ついたすべての人に向けて描かれていると思います。
以下は、あとがきから。
わたしは、ピカにあってから北海道に渡ったんです。北海道の人はみんな不親切ですよ。ピカの話をすると、『大げさに言うて、人の同情をひこうと思うとる』とかげ口を言うのです。
『ひろしまのピカ』より一部を抜粋
北海道で開催した『原爆の図』の作品展にやってきて、思わず独白した人のことば。
※この絵本の発行が1980年。そのあとがきに「27年ほど前のこと」と記載されているので、1953年ごろの話?
筆者は、”北海道の人はみんな不親切ですよ”の北海道を別の2文字におきかえて読んだ。
【メモ】
”ヒロシマ”じゃなくて、”ひろしま”。原爆が落ちた広島を言うとき、“ヒロシマ”を使うことが多いけど、”ひろしま”であってもいいわけよねと思った。
この絵本の場合は子ども向けだからひらがな使いになったと思われる。けれども、”ひろしま”表記でも原爆のことは描けるのだ、と思った。
すごく考えられているなと思ったのは、みいちゃんにあるもの(実際に読んで確認してみてほしい)を握らせたこと。子どもたちの印象に残るし、広い画面のどこにみいちゃんがいるかがすぐにわかる。
【2023・3・6 追記】
なんと、作者の名前を間違えていたので(最初、丸木 位里さんとしていました)、訂正しました。